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福島地方裁判所白河支部 昭和50年(ワ)99号 判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、金二一一九万円及びこれに対する昭和五〇年九月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

野底広義は、昭和四二年二月一〇日正午頃、山梨県大月市梁川町斧窪地内国道二〇号線上を大型貨物自動車を運転して甲府市方面から東京方面に向け進行中、対向して来た森山高士が運転し原告が同乗していた陸上自衛隊のジープに右貨物自動車を衝突させた。

2  原告の受傷(後遺障害)

原告は、本件事故により、頬部及び手背部の各挫傷、右頬骨骨折、後頭部打撲、鞭打症、頸椎のずれ等の傷害を受け、その後遺症として、現在でも頬が痛むし、頭が重く、物が二重に見え、また体にしびれ感があり、不眠症になやんでおり、就労もはなはだ困難な状態にある。右後遺障害は、自賠法施行令別表(後遺障害等級表)の第六級に相当するものというべきである。

3  被告の責任原因

前記貨物自動車は本件事故当時被告の所有で、被告は右自動車を運行の用に供していた者である。

4  原告の損害

原告は本件事故による前記後遺障害により次の損害をこうむつた。

(1) 逸失利益 一九一九万円

原告は、昭和二二年一二月二〇日生で、本件事故当時自衛隊員で前記後遺障害のためやむなく除隊した。原告が右後遺障害につき確定的な診断を受けたのは昭和五〇年八月七日で二七歳のときであるが、二七歳の労働者の月額平均給与は一一万〇三〇〇円である。原告は本件事故がなければ、同日以後なお少なくとも四〇年間は稼働可能であつたところ、前記後遺障害のため右期間の労働能力の六七パーセントを喪失し、右期間毎月一一万〇三〇〇円の同割合部分の収入を失うものと推認される。ホフマン式計算法によつて年毎に年五分の割合による中間利息を控除して右損害の現在価額を算出すると次のとおり一九一九万円(万未満切捨)となる。

110.300円×12×0.67×12.643ホフマン係数≒1919万円

(2) 慰藉料 二〇〇万円

前記後遺障害に対する慰藉料は金二〇〇万円が相当である。

5  結論

よつて、原告は、被告に対し、自賠法三条により前記4の(1)(2)の損害額合計金二一一九万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五〇年九月二日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1は認める。

2  同2は否認する。

3  同3は認める。

4  同4は争う。

三  抗弁

1(一)  本件事故により受傷した原告、森山高士、森泉武の三名と被告との間に、昭和四二年三月一三日、本件事故に関し次の和解が成立した。

(1) 被告は、原告、森山、森泉の三名に対し、物損三万五八一〇円、治療費等一万一八八〇円、見舞金三万三八〇〇円、以上合計八万一四九〇円を支払う。

(2) 原告、森山、森泉三名と被告間に本件事故につき右(1)以外に何らの債権、債務関係のないことを確認する。

(二)  被告は、同日、原告、森山、森泉に対し、右(1)の合計額八万一四九〇円を支払つた。

2  原告主張の損害賠償請求権は、昭和四五年二月一〇日の経過とともに時効により消滅した。

消滅時効の起算日を原告が成人に達した昭和四二年一二月二〇日とすべきだとしても、昭和四五年一二月二〇日の経過とともに同請求権は時効により消滅した。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の(一)の和解契約が成立したことは認める。

五  再抗弁

1(抗弁1に対し)

(一)  原告は、右和解契約当時未成年者であつたから、昭和五〇年一二月一六日の本件第二回口頭弁論期日において、被告訴訟代理人に対し、右和解契約における原告の意思表示を取り消す旨の意思表示をした。

(二)  原告が右和解契約を締結した当時前記後遺障害については全く予測できなかつたものであり、右後遺障害による本訴損害は右和解で解決された損害とは別個の損害というべきである。

2(抗弁2に対し)

原告が前記後遺障害のあることを知つたのは昭和四九年一二月一八日池田病院で診察を受けたときであり、仮にそうでないとしても昭和四八年三月白河南湖病院で診察を受けたときであるから、消滅時効の起算日は昭和四九年一二月一八日、早くて昭和四八年三月とすべきである。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁についてはいずれも争う。

七  再々抗弁

1(再抗弁1に対し)

(一)  原告主張の未成年者の取消権は、原告が成年に達した昭和四二年一二月二〇日から五年を経過した昭和四七年一二月二〇日の経過により時効消滅した。

(二)  原告は前記和解契約当時自衛隊員で一九歳と一一月二六日の者で十分法律行為をする能力がある者であつたところ、右和解契約に当つて未成年者であることを被告に告知せず、同契約成立後八年余も経つてから未成年者の行為という理由でこれを取り消すのは、信義に反し、権利の濫用というべきである。

八  再々抗弁に対する認否

再々抗弁についてはいずれも争う。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  請求原因1(本件事故の発生)、同3(被告の責任原因)については当事者間に争いがない。

二  そこで、請求原因2の主張(本件事故による原告の後遺障害の存在)について判断する。

いずれも成立に争いのない甲第三号証の一ないし三、乙第六、七号証、第一一号証の一ないし三、第一二、一三号証、証人長内正雄、同兼谷俊、同木村ヨシの各証言、医療法人圭愛会日立梅ケ丘病院に対する調査嘱託、原告本人尋問の各結果によれば、次の事実が認められる。

原告は、昭和四二年二月一〇日、本件事故の発生後ただちに事故現場近くの梁川診療所に収容され、同所で右頬部打撲、頬粘膜裂創、右手挫傷で全治一〇日との診断を受け、応急処置後同日中に大月市立市民病院に転送され、同病院で右頬部及び右手背打撲兼擦過傷で全治五日との診断を受け、同日同病院に入院し、更に翌二月一一日同病院から自衛隊中央病院に転送され、同病院外科で頬部及び右手背挫傷(正確には右頬部に擦過傷・腫張、口腔内粘膜下出血及び右手背の擦過傷)の診断を受け、同日自衛隊練馬駐とん地医務室に入院し、同月一三日同所を退室し、その後も同月二〇日同医務室で受診し各頬部硬結ありとの診断を受けたほか、同年三月七日、同月九日、同月一四日いずれも自衛隊中央病院で受診し、特に同月九日には同病院脳神経外科で頭部単純レントゲン撮影、頬部レントゲン撮影、脳波検査を受けたが、同月一四日右各検査の結果はいずれも正常と診断された。このように原告の本件事故による受傷後の経過は良好で、昭和四三年九月一八日前記医務室で完全治癒の診断があつた。原告は、本件事故当時一等陸士であつたが、昭和四三年一月一日陸士長に昇任し、同年三月三日継続して自衛隊員に任用され、昭和四五年三月二日任期満了により退職したが、その後アスターレジスター城南営業所のセールスマン、株式会社日立製作所の工員等を経て、昭和四六年六月二九日陸上自衛隊に再入隊した。その後間もなく原告は不眠等に悩むようになり、日立市の医療法人大原神経科大みか病院を経て同年一一月二六日医療法人圭愛会日立梅ケ丘病院に入院し、入院当時は睡眠障害、被害もう想、させられ体験などの症状を示し、急性期精神分裂病と診断され、向精神薬等を服用し、昭和四七年一月一〇日、亜緩解状態に改善されたとして退院したが、その後も右症状は必ずしも改善されず、昭和四八年一月二六日には日立市の回春荘病院に入院し、更に同年三月二三日白河市の南湖病院に入院治療を受けた。右南湖病院では本件事故との関連で、頭部外傷性うつ病の疑もあるとの話だつたので、原告は同年五月二二日自衛隊中央病院精神科に転入院し、同病院で再度頭部X線単純撮影、脳波検査、心理検査等を受けたところ、同病院では、頭部のレントゲン写真や脳波には異常は認められず、内因性精神病である精神分裂病と診断され、本件事故と原告の右病気とは直接の関係はないとされた。原告は同年六月二七日自衛隊を任期満了により退職したが、その後も須賀川の池田病院、郡山の太田綜合病院などに入退院をくり返し、今日に至つている。現在でも原告本人は不眠、体のだるさ、しびれなどを訴えている。

以上の事実が認められ、右認定事実によると、原告が本件事故で受傷した頬部及び右手背挫傷は遅くも昭和四三年九月一八日までに治癒したものというほかなく、昭和四六年六月二九日陸上自衛隊に再入隊した後発症した原告の精神分裂病が本件事故に基づいていると断ずることはできないものといわざるをえない。

もつとも、証人兼谷俊の証言とこれにより成立を認める甲第一号証によれば、原告の「右頬骨に骨折痕が認められ、頸椎にづれが認められている。目が二重にみえる。体にしびれがある。以上は昭和四二年二月一〇日の交通事故の後遺症と認められる。労働者災害補償保険法別表障害等級表第六級に該当すると認められる。」というのであるが、自衛隊中央病院の医師である証人長内正雄は、同病院における前記各検査結果から原告の頬骨に骨折痕があり、頸椎にずれがあるということをいずれも否定しており、また成立に争いのない乙第一二、一三号証と証人兼谷俊の証言によれば、甲第一号証は、兼谷俊が原告の両親にしつこく原告の現在の症状が本件事故の後遺症であるとの診断書を書くよう求められ、原告の両親がなかば強迫的な言辞をもはくので、気乗りしないまま書いてやつたもので、しかも骨折痕も頸椎のずれも兼谷自身が直接診断した結果を記載したものではなく、他の医師から聞いて書いたものであることが認められ、ただちに採用できるものではないし、また、証人木村ヨシの証言により成立が認められる甲第二号証(池田病院医師池田義隆作成の診断書)には「脳波等精密検査施行により後頭部脳波の軽度異常所見を認め後遺症(後頭部打撲ないし鞭打症の後遺症)の疑をもつも断定は保留したい。」との記載があるが、右をもつてただちに原告の前記現在の症状を本件事故に起因するものであると認めるには足らず(原告は右の詳細を立証しようとしない。)、他に本件事故により原告主張の後遺障害が発症したことを認めるに足りる証拠はない。

三  そうすると、その余の点につき判断するまでもなく、原告の本訴請求は失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 堂薗守正)

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